ランドセルの思い出
それは、ずうっと遠い昔のことですが、私は、桜の花の咲く頃になって、ランドセルを背負って歩く子供たちを見ると、思い出すことがあります。まるで昨日の出来事のように思い浮かぶのです。
「お母さん。ランドセルが壊れたから、手さげカバンを買ってよ………。」
この春小学五年生になった息子「正幸」にせがまれて、
「もうひとつ買おうよ。背中に背負って歩けば両手が使えて安全だよ。これから教科書も増えるし………。この頃ね、クラリーノって軽いカバンもあるんだってさ……。」と私がどんなに言い聞かせても駄目で、仕方なく手さげカバンを買いました。
それから一年が過ぎ、六年生になった時に
「お母さん、ランドセル買って。」と言うのです。息子の成長ぶりは、縦横ともに大型に育っていたので私は、
「そんな大きな身体にランドセル背負えるの。」
「うん、友達のカバンを背負って試して来たから、大丈夫。」と頑張るので、もったいないと思いながらも買いに行きました。
そこで私は、黙っていれば良かったのに、
「せっかく買ったのだから、一日足らずとも、背負わない日があったら承知しないからね。」と何の気なしに言った私の言葉をまともに受け止めて、息子は、本当に一日も休まずランドセルを背負って学校に行きました。運動会の日も、マラソン大会の日も、遠足の日だってお菓子やお弁当など入れて、背負って行ったのです。
私は、そのつど「ねえ一、恥ずかしいからやめてよ。」とどれほど頼んでも平気な顔して
「お母さん。行ってきまーす。」と出かけていきました。
私が息子のランドセル姿に慣れたのは、六年生の三学期も大分過ぎた頃でした。
「正幸君ランドセル好きなの。」
「うん。ぼく好きだよ。」と満足気に言い放つのです。息子のランドセル姿も卒業式までには、終了すると期待していました。
ところが、卒業式の朝、いつもの様に、
「お母さん。行って来ます……。卒業式には気をつけて来てね。」
「あら、正幸君今日もランドセル。お勉強ないでしょ……、どうして?。」
「うん、そうだよ………。だけどね。この中に机にある物入れて来るんだもーん。」と元気良く学校へ出掛けて行ったのです。
子供たちが学校に出掛けると、私もその後を追うようにして、息子の卒業式に出席し、式が終わると急いで、長女が入学する高校の説明会に直行しました。
ですから私は、卒業式の後に学年父母会があったことや謝恩会が数日後に有る事など全く知らず、突然の連絡に慌てて参加しました。
会場は満席でしたが親切な父兄に案内され会場の中程に座れたので何処からでも話が耳に飛び込んできました。
「ねえ、この間の卒業式の後で先生方にお見送りされて校門を出たでしょ。可哀想に卒業式だっていうのに親に来てもらえない子もいたのよ。」
「それにひとりで荷物をいっぱい持ってね。そして、ランドセルまで背負ってさ。」
話題の子の母親が側にいることも知らずに母親たちは、勝手なことを言いたい放題、言い続けていました。
今の私なら、その子の親はここにいますよ。とでも言うでしょう。でも、その時の私は何も言えず、背後から聞こえてくる話を人事のように澄まして聞いていました。
それから私は、帰宅するなり迎えてくれた息子に、卒業式が終ってからの事を聞いてみました。すると、
「お母さん。みんなはね、格好付けて教室に荷物を置いて学校を出てね、そして、また教室に荷物を取りに戻って、それから、家に帰ったんだよ。ぼくはね、厄介だから荷物を全部持って、先生にさよならして帰ってきたんだよ。」と何時もの優しい笑顔。私は、嬉しくて、めちゃくちゃに触りまくりました。
「そうだったんだ。効率的だわね。天晴れだ……。でも、ごめんね、六年生いっぱいランドセル背負わせて。お母さん辛かった。」
「お母さん。ぼくはランドセル好きだよ。」
私は、息子が学校で友達から嫌がらせでもされたらと、一年間ずいぶん心配してきたけれど、何事もなく卒業出来てほっとしました。
そのランドセルは、卒業してからも書棚の最上段に置いてありましたが、中学二年生の何時しか姿が消えていました。
今でも私は、ランドセルを背負い貫き通した、息子のその根性が不思議で、何時か機会を見て本音を聞き出したいと思っています。
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