| さあ、巡礼だ −転機としての四国八十八ヵ所− | 加賀山耕一 | 8巻 | 三五館 |
| 人生には、旅をすることで、現状を一新させたいと考 える時があるものだ。四国八十八ヵ所、全長約千四百 キロにわたる道のりを四十日間で歩き通した著者が、 その行程を感じ取り、集約した一言がある。 『巡礼は道中にあり』 最終札所に到達する達成感もさることながら、道すが らの一期一会の中から、やがて自らの生き方にエネル ギーをえていく、そんな創造性を含んだものであろ う。(カバーより) | |||
| やっぱりわが家で暮らしたい −高齢社会の手引き− | 夏目幸子 | 2巻 | 岩波書店 |
| この本を片手に、まずご自分の家の診断をしてみてく ださい。その後に、また家族の健康な暮らしを続ける ためには、近くに信頼できる「かかりつけのお医者さ ん」が必要なように、住いに関しても「何でも相談で きる専門家」との出会いを見つけてください。(あと がきより) | |||
| 軍都残影 −「習志野」の戦後を生きた庶民の哀歓− | 会澤 武 | 4巻 | 近代文芸社 |
| 平成の今、習志野は文教都市として知られております が、かつては軍都として栄えた町です。軍都といわれ たまちは全国に幾つもありましたが、四つの騎兵連隊 に鉄道連隊、砲兵連隊と六つの部隊に加え騎兵学校や 陸軍病院があった習志野は特色のあるまちでした。 物語は戦中戦後の町に繰り広げられた様々な事象やそ こに生きる人々の哀歓をもとにして構成したもので す。(あとがきより) | |||
| マレイシア紀行 | 会澤 武 | 2巻 | 日本マレイシア協会 |
| 私が雑誌の写真撮影で初めてマレイシアを訪れたのは、 戦後も半世紀近い歳月が流れた1988年のことでした。 それまでの海外撮影では、不都合なこと、不愉快なことが 多々ございましたが、マレイシアでは、何の障害もなく、 実にスムースに撮影できました。誠実でゆったりした国民性、 さりとてマンマンデー的でない人々に接し、 日本とマレイシアの合弁企業が1000を超えているのも 納得できました。 写真は見たまま、感じたままを収めたものでございますので マレイシアの風土と民族性の一端をご理解いただければと思います。 (あとがき)より | |||
| 「福祉の国」暮らしてみれば −主婦の目で見たス ウェーデン− | 小泉英子 | 4巻 | 東京読売サービス |
| 北欧の福祉天国スウェーデンは、私の心の中に理想的 社会として存在しました。しかし、私が実際に住んだ スウェーデンは「危険地域」に属していました。何事 もなく無事でありますよう、祈るような気持ちで過ご す中、スウェーデンの裏側を知ることも大切であると 思うようになりました。いろいろな面を知った上で、 自分の国の行く末を熟慮する必要があると思ったから です。(おわりにより) | |||
| 学校を基地にお父さんのまちづくり −元気コミュニ ティ!秋津− | 岸裕司 | 3巻 | 太郎次郎社 |
| 21世紀の学校の先どりが、ここで起こっている。 私など、こんな楽しい街なら秋津に引っ越してみた い、とついつい思ってしまいます。 これからの教育を指し示している原動力である。(表 紙の帯より) | |||
| My Revolution −ぼくのアメリカン グラフィティ− | 澤瀬正幸 | 2巻 | ペップ出版 |
| いつのまにか、高校三年生になっている。 小学生のときに書いた作文が『ぼくのあだ名は盲どうけん』という本に まとめられたのは、中学二年生のときだった。 あれから、もう四年が過ぎた計算になる。 ちょっぴりおとなになった<盲導犬>は、高校生の上にのしかかっている 現在の教育体制に、疑問がないわけではない。だが、とりあえず、 今は、おとなたちの作った社会の仕組みに、どっぷりと漬かってやろうと思う。 (同世代のみなさんへ)より | |||
| 遊びの哲学−ガキ大将的生き方のススメ | 市角照男 | 2巻 | ジュピター出版 |
| 瞳を輝かせた子どもたちの歓声がいつも響きわたるよ うな世の中、若者たちがそれぞれの夢に向かって情熱を燃えたぎらせることができる 世の中・・・・・・それをつくりだすことが僕の夢だ!(帯より) | |||
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